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東京地方裁判所 平成9年(ワ)16330号 判決

原告

山口幹雄

被告

山口政男

右訴訟代理人弁護士

中陳秀夫

田中敬三

鍵尾憲

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成九年四月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

原告は、前訴で被告が証人に偽証を教唆したため、証人が偽証し、原告が敗訴したとして、不法行為による損害賠償請求権に基づき、前訴で敗訴したために被った損害の一部として一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成九年四月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

一  前提事実

1  原告と被告は兄弟であり、原告は、被告が代表取締役を務める山口商事株式会社(以下「山口商事」という。)に対し、平成元年に、株主総会決議不存在確認請求の訴えを、平成二年に株主地位確認等請求の訴えを提起し(東京地方裁判所平成元年(ワ)第一二七三五号、平成二年(ワ)第一〇一八四号併合事件)たが、一、二審とも敗訴判決を受け、平成六年四月二一日に上告審においても上告棄却の判決を受けて敗訴判決が確定した(乙一から三まで。以下この訴訟を「本件前訴」という。)。

2  原告は、本件前訴において、原告は山口商事の株式一〇〇〇株を有する株主であると主張して、山口商事の平成元年六月二〇日開催の定時株主総会における決議の存在を争ったもので、本件前訴の争点は、原告が山口商事の株式一〇〇〇株を有する株主であるかどうかであったが、原告は、原告が山口商事の株式一〇〇〇株を有する理由として、次のような主張をしていた(乙一、二)。

(一) 山口商事設立の出資金一〇〇万円は、原告と被告が山口商事の前身になるうなぎ屋の共同経営で蓄えた七〇万円と、昭和三七年四月六日に原告・被告がその父である山口重次(以下「重次」という。)から借りた三〇万円とによって調達された。

株式二〇〇〇株は、形式的には九名で引き受けられたが、山口商事設立後まもなく、出資者の実態に合わせて原告と被告が各一〇〇〇株として譲り受け、確定した。

(二) または、山口商事設立の出資金一〇〇万円は、重次から借りた三〇万円と、昭和三六年一一月に原告が結婚した際に妻が持参した持参金四〇万円と、原告と被告が山口商事の前身になるうなぎ屋の共同経営で蓄えた三〇万円とによって調達された。

(三) 仮に被告が一人で山口商事設立の出資金一〇〇万円を調達したとしても、結局、被告と原告とが半々の出資比率による株主であるとして合意し、被告は、設立時には六〇〇株、昭和四六年度以降には一〇〇〇株を共同経営者である原告に保有させ、株主の地位相当額の利益を譲渡していた。

3  一審判決は、①山口商事の設立にあたっては、被告が税理士の助言を受けて資本金を一〇〇万円とすることとし、城南信用金庫大岡山支店から一〇〇万円を借り入れたうえ、その全額を出資金として同信用金庫に払い込んだ、②もっとも、税理士の助言により、株式二〇〇〇株は、名義上は、被告が九〇〇株、原告が六〇〇株、原告の妻が八〇株、その他四人が計四〇〇株を発起人として引き受け、残り二〇株を二人が募集により引き受けたものとされた、③山口商事の前身となる個人営業の際に、原告が被告と共同の責任と計算において経営を担っていたとは認められない、④重次が原告に三〇万円を渡したこと、原告が結婚した際に妻が持参金五〇万円を持参したことは認められるが、これらの金員が山口商事の出資金に充てられたことを認めることはできない、⑤山口商事設立後、原告と被告とが半々の出資比率による株主であるとして合意したこと、あるいは、被告が原告に山口商事の株式一〇〇〇株を譲渡したことを認めるに足りる証拠はない、として、被告が山口商事の株式二〇〇〇株を有し、原告は山口商事の株式を有しないと判断したもので、この判断は、控訴審、上告審でも維持された(乙一から三まで)。

二  当事者の主張

1  請求原因

(一) 原告が本件前訴で敗訴したのは、被告が本件前訴において証人として証言した薦田尚(以下「薦田」という。)に対し、偽証を教唆したためである。

すなわち、薦田は、被告が山口商事設立の出資金一〇〇万円を城南信用金庫大岡山支店から借り入れたと主張する昭和三七年五月当時の同金庫の従業員であったが、被告は、本件前訴の一審において、同人を証人として申請するとともに、証人尋問期日前に同人に対し、「会社の設立時(昭和三七年五月)の資本金一〇〇万円は、被告が城南信用金庫大岡山支店より借りて出資した」「その当時被告は五〇〇万円か六〇〇万円の架空名義の隠し預金を右金庫に有し、それを担保に一〇〇万円を被告に貸した」旨述べてくれと依頼した。

薦田は、被告の右依頼を承諾のうえ、本件前訴一審の法廷において右依頼内容と同趣旨の虚偽内容の証言をして偽証した。

右偽証のために本件前訴においては、山口商事の株主は被告一人と認定された。

(二) 真実は、原告が本件前訴で主張しているとおり、原告は、山口商事の株式一〇〇〇株を有しているので、本件前訴で主張したとおり、平成元年六月二〇日に被告が一人株主として出席して開催された山口商事の定時株主総会での取締役選任決議(原告とその妻が任期満了により取締役を退任し、被告ほか三名が取締役に選任された)は存在しない。

(三) 原告は、被告が薦田に偽証を教唆しなかったら、本件前訴において、山口商事の株主としての地位を確認され、取締役としての地位に留まったはずであるところ、被告の偽証教唆により取締役としての地位を失い、平成元年五月から原告が七五歳に達する平成二一年四月まで、取締役報酬に相当する、一か月三一〇万円、合計七億四四〇〇万円の損害を被った。

したがって、原告は、不法行為による損害賠償請求権に基づき、一部請求として、被告に対し、右損害のうち、一〇〇万円の支払を求める。

(四) 仮に取締役報酬の損害が認められないとしても、原告は、前記偽証により山口商事の株主たる地位及び取締役たる地位を失って精神的苦痛を受けたので、被告に対し、慰謝料として一〇〇万円の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

被告が薦田に偽証を教唆した旨の主張は否認する。

3  被告の主張

(一) 訴権の濫用

(1) 本件訴訟の内容は、被告に対する不法行為による損害賠償請求という形をとってはいるが、その前提となる主張内容は、本件前訴とまったく同一である。

(2) 原告は、被告の偽証教唆を主張するが、本件前訴の証人の証言内容の信用性の問題であり、本件前訴の裁判において解決済みである。本件前訴で信用性ありと認められ、それゆえ判決の基礎とされた証拠について、原告は、再度蒸し返して争っている。

(3) 原告は、本件前訴の結果に納得せず、さりとて再審の要件を満たさないために、本件訴訟の提起をもって実質的な再審を企てている。

(4) 訴訟制度は、紛争の最終的解決を目指すものであり、法形式を変更したからといって、同一の紛争について何度も訴訟を提起することが許され、同一の事実関係について何度も蒸し返すことができるのであれば、被告の応訴の煩は甚大であるのみならず、国家経済上も著しい損失である。

原告の本件訴訟に至る経緯をも含めて考えるならば、本件訴訟は、専ら自分の言い分が認められなかった本件前訴をやり直したいという原告の自分勝手な目的で提起されたと言わざるを得ず、おおよそ正当な目的を有するものではない。

原告の本件訴えは、いたずらに紛争を蒸し返すものであり、まさに訴権の濫用であるから、訴えの正当な利益ないし必要性を欠くものとして却下されるべきである。

(二) 薦田証言と本件前訴の結論の関係

(1) 本件前訴で原告が敗訴したのは、薦田証人、山口商事の代表者(被告)の尋問等、本件前訴で山口商事が申請・提出した証拠により山口商事の主張が真実と認められたためであるが、それだけではなく、そもそも本件前訴における原告の主張がまったく根拠を欠くものであったからにほかならない。

(2) 本件前訴における極めて重要な争点である山口商事設立の際の出資金の調達先について、山口商事の主張は当初から一貫していた。すなわち、山口商事の設立にあたって、被告が城南信用金庫大岡山支店から一〇〇万円を借り入れ、これを全額出資金として同金庫に払い込んだというものである。

(3) これに対し、原告の主張及びその供述は、当初は、「父が全額出資した」というものであったが、その後、「原告と被告の兄弟が山口商事の前身となるうなぎ屋の共同経営で蓄えた七〇万円と、兄弟二人が父から借りた三〇万円によって調達された」と変更、さらに「父から借りた三〇万円と、原告が結婚した際に妻が持参した持参金四〇万円と、兄弟がうなぎ屋の共同経営で蓄えた三〇万円によって調達された」と主張が二転三転し、ついには、「仮に被告が一人で会社設立の資本金一〇〇万円を調達したとしても、結局同人と原告が半々の出資比率による株主として合意した」と主張するに至ったように、訴訟の進行につれて次々と変遷を重ねたのである。

(4) 原告の主張の変遷は、従前の原告の主張について、山口商事から反論され、証拠を突きつけられてその根拠が危うくなると辻褄を合わせるように主張を変更するという、まったく場当たり的、恣意的なものであった。主張内容自体についても、客観的な裏付けを欠いていた。

(5) 本件前訴の控訴審判決においては、原告の右主張の当否について詳しく判断されており、原告の主張・供述が不自然、不合理でまったく信用できないものであるために、本件前訴で原告が敗訴したものであり、原告が敗訴したのは、薦田証言だけによるものではない。

第三  判断

一  訴権の濫用について

1  第二の一の前提事実、本件において原告から提出された準備書面、乙一号証から三号証まで、原告・被告各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、①原告は、本件前訴における裁判所の判断に不服があり、再審の訴えを提起したいと考えたが、法律相談で弁護士から再審は難しいと言われたので、薦田の証言が偽証であったという裁判所の判断を得て、それを再審事由として再審の訴えを提起するために本件訴訟を提起したこと、②したがって、被告が薦田に対して偽証を教唆したことについて、直接的な証拠はないにもかかわらず、薦田が本件前訴における原告の主張に反する証言をしたことをもって偽証したとし、薦田が偽証したのは被告が教唆したからであるという論理で本件訴訟を提起したものであること、③原告は、被告が薦田に偽証を教唆したとして検察庁に告訴したが、検察庁での取調べの結果、被告には嫌疑なしとされたこと、④原告が本件で主張している損害は、原告が山口商事の株主であったことを前提とするもので、本件訴訟においても、本件前訴と同じく、原告が山口商事の株主であったか否かが争われることになること、⑤原告は、本件において、原告が山口商事の株主であったことを根拠付ける理由として、本件前訴で原告が主張したのと同じ主張をしているが、本件前訴では、薦田の証言だけから原告敗訴の結論が導かれたものではなく、原告の主張についても十分に吟味された上で、それが根拠を欠くものとして原告敗訴の結論が導かれたものであり、原告は、結局本件において本件前訴の蒸し返しをしていること、以上の事実が認められる。

2  本件前訴は、山口商事を当事者とするもので、形式的には被告を当事者とするものではないが、被告は、山口商事のただ一人の株主であり、山口商事の代表者として本件前訴を追行したものであり、本件前訴の実質的な当事者であったものである。

本件訴訟は、形式的には本件前訴と当事者が異なり、請求の内容も異なるが、その実質は、本件前訴の蒸し返しであり、しかも、その目的は、薦田証言が偽証であったとの判断を得て再審の訴えを提起することにあり、原告は、本件訴訟によって敗訴しても、その目的のために、本件前訴における被告(山口商事代表者)の供述が虚偽であったとか、本件前訴において山口商事から提出された証拠が偽造であった等の主張をすることにより本件と同様な訴訟を何度も繰り返し提起することが可能となる。

被告は、本件前訴で上告審まで対応した上に、薦田に偽証を教唆したとして告訴され、さらに本件訴訟を提起されてその負担は大変重いものになっている(被告は「ほとほといやになりました」と供述している。)。

3  右1、2によれば、原告は、本来、再審の訴えを提起すべきものである(薦田が偽証したというのであれば、それを再審事由として再審の訴えを提起すべきである)のに、再審の訴えの代用として本件訴訟を提起したもので、そのために被告は無用な応訴を強いられているものと認められ、本件訴えは、その目的においても、内容においても、正当な訴権の行使とはいえず、被告が主張するように、訴権を濫用する不適法な訴えというべきである。

二  よって、本件訴えを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官福田剛久)

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